東京高等裁判所 昭和26年(ナ)26号 判決
原告 安西豊蔵
被告 千葉県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「昭和二十六年四月二十三日執行した千葉県安房郡西岬村長選挙につき、訴外佐野八十一よりの当選の効力に関する異議に対し、同村選挙管理委員会が同年五月二十一日与えた決定に対する原告の訴願に対して、同県選挙管理委員会が同年七月十八日与えた裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」、との趣旨の判決を求め、その請求原因として、
(一) 原告は昭和二十六年四月二十三日執行された千葉県安房郡西岬村長選挙において当選人となり現に同村長の職務を執行しつつあるものであるが、該選挙における候補者訴外佐野八十一は同年四月二十七日同村選挙管理委員会に対し、右当選の効力に関する異議の申立をした。
その異議の理由の要旨は、右選挙において立候補し当選人となつた原告は昭和二十二年四月三十日に行われた西岬村議会議員選挙において議員に当選し爾後継続してその地位を保持していたものであるに拘らず、右公務員たる議員を辞せず在職のまま本件選挙における候補者として届出をなし、選挙の結果最高得票者となり選挙会において当選の決定を受けたものであるから、その当選は無効である、と謂うにあり、同村選挙管理委員会は昭和二十六年五月二十一日右異議を容認する旨の決定をした。原告は右決定を不服として、千葉県選挙管理委員会に対し訴願したところ、同委員会は同年七月十八日右訴願を棄却する旨の裁決をなし該裁決書は同月二十四日原告に交付された。
(二) 右裁決は、前記の事実に立脚して、公職選挙法(以下法と略称する)第八十九条の規定によれば、国又は地方公共団体の公務員は在職中公職の候補者となることができないのに拘らず、原告が西岬村会議員の地位に在職のまま本件選挙に立候補したことは、明かに右規定に違反したものであり、その届出は無効であるから、無効の届出による原告の当選は無効たるを免れない、との理由で、原告の訴願を棄却した。
また原告は法第百三条の規定を引用して当選の有効を主張したところ、右裁決は、同条は兼職を禁止されている公務員の職に在る場合の規定であり、法第八十九条の立候補制限の規定の適用を受けない公務員についての制限規定であつて、同条によつて立候補を制限される公務員が在職のまま立候補し、当選後法第百三条の規定により退職してもその当選を有効と認めることはできない、との理由で、原告の主張を、排斥したのである。
(三) 然しながら原裁決は右二点とも法律の解釈適用を誤つたものである。すなわち
(イ) 法第八十九条を卒然読下するときは、原裁決のように、地方公共団体の長の任期満了による選挙が行われる場合において当該長が在職のまま候補者となることはかまわないが、当該地方公共団体の議会の議員たる者が在職のまま候補者となることは絶対的に禁止されているもので、従つてかような立候補の届出は無効であるかのように解されるけれども、公職選挙法施行令(以下令と略称する)第八十八条第五項は在職中の公務員が法第九十条の規定によつて立候補するため、あらかじめ退職の申出をした場合には、その届出書にその旨を証明する書面を添えなければならないことを規定しているが、この規定の反面から解釈すれば、あらかじめ退職の申出をしないで立候補する場合には同項所定の証明書を添える必要はないということになり、法第八十九条の規定により公職の候補者となることができない公務員といえども公職の候補者となろうと思えば、公務員たることを辞しないでも立候補の届出ができるということに帰着する。この結論は法第八十九条の「地方の公共団体の公務員は在職中公職の候補者となることはできない」という条文と正面から衝突するようであるが、もともと同条の制限には、同条第一項但書を初めとし第二項のようないろいろの条件がつけられており、右結論もその条件の一にあたるものである。
(ロ) 本来被選挙権をもつ者は、何人でも公職の候補者となる資格をもつということが公職選挙法の原則であることは疑ないところであるから、同法における立候補制限の規定は、当該制限の趣旨に反しない限度において狭く解釈適用せらるべきであるといわなければならない。今本件の場合について考えるに、地方公共団体の長の任期満了による選挙が行われる場合に、当該地方公共団体の長の職に在るものが、在職のままその選挙における候補者となり得る理由が何等妥当を欠くことがないと謂うにあるならば、その選挙において当該地方公共団体の議員がその在職のまま候補者となることにも妥当を欠く理由は考え得られない。反対に地方公共団体の議会の議員の任期満了による選挙の行われる場合に、当該地方公共団体の議員の職にある者が、在職のままその選挙における候補者となり得る理由が何等妥当を欠くことがないと謂うにあるならば、その選挙において当該地方公共団体の長が在職のまま議員の候補者となることにも同様に妥当を欠くものなしということができる。従つて本件の場合のように在職中の議員が長の選挙に立候補した場合、その立候補の届出を無効として扱うことは当を得ないものというべきである。元来法第八十九条第二項後段第九十条等は大した意義のある規定ではなく、選挙管理上右法条があれば、秩序がたつてわかりよく、地方公共団体の長及び議員の選挙の場合に便宜であるというだけのことにすぎない。法第八十九条第二項を右のように狭く解釈する必要はどこにあるかというと、法第八十六条第四項、第六項の場合にその必要があるのである。すなわち同条第四項によれば同項の場合には選挙の期日前三日までに、同条第六項によれば、同項の場合にも当該選挙の期日前三日までに候補者の届出又は推薦届出をすることができるように各規定している。ところでこの二つの場合にぎりぎりの三日前に立候補の届出又は推薦届出と同時に、法第九十条に従つて退職の申出をしても、五日を経過しない前に、すなわち公務員たることを辞したものとみなされる前に選挙が行われることになる。しかるに法も令もこの場合について立候補を辞退したものとせずまた当選後の失格原因ともしていないところを以て見れば、この場合の候補者の届出または推薦届出は、在職中であるに拘らず有効であること論をまたない。
以上のべたところを以て見れば、法第八十九条第二項後段のいずれの選挙の場合においても、立候補する者は届出前にその現職を辞することを要するものでないことは勿論、立候補の届出と同時に辞職の申出を届出ることも必ずしも必要ではないといわなければならない。然らばすなわち本件立候補の届出が当然無効でないことはまことに明瞭である。ただ地方自治法第百四十一条第二項には地方公共団体の長は地方公共団体の議会の議員を兼ねることができない旨を規定しているところから見て、本件原告の場合は法第百三条にいわゆる「当選人で法律の定めるところにより当該選挙にかかる長と兼ねることのできない職に在る者」に該当する者であるにすぎないから、原告は同条の規定に従つて前記のように西岬村長に当選し、昭和二十六年四月二十四日当選人決定の告知を受けたので、同月二十七日同村選挙管理委員会に対して、同村議会議員の職を辞する旨の届出をしたから、原告の当選は有効である。よつて被告のなした裁決の取消を求めるため本訴請求をすると述べた。
被告代表者は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として原告主張の事実中(一)(二)の事実及び(三)の事実中原告がその主張のように西岬村長に当選し、その当選人決定の告知を受け同村選挙管理委員会に対し、同村議会議員の職を辞する旨の届出をしたことは認めるが、その余の原告主張の事実は否認する、と述べた。
三、理 由
原告主張の(一)、(二)の事実及び原告がその主張の西岬村長の選挙において当選人決定の告知を受け、その主張のように同村選挙管理委員会に対し同村議会議員の職を辞する旨の届出をした事実は当事者間に争ないところである。
よつて西岬村議会の議員である原告が、その職を辞しないままで同村長の選挙に立候補したことが有効であるかどうかを審按するに、法第八十九条第一項には「国又は地方公共団体の公務員は、在職中、公職の候補者となることができない。」と明定し、令第八十八条第五項には、法第八十九条の規定によつて在職中候補者となることができない公務員が法第九十条の規定によつて立候補するための退職の申出をした場合においては、候補者の届出書にその旨を証明する書面を添えなければならない旨を規定し、また法第九十条には、法第八十九条の規定により公職の候補者となることができない公務員が、公職の候補者となろうとする目的をもつて公務員たることを辞する旨の申出をした場合において、その申出の日から五日以内に公務員たることを辞することができないときは当該公務員の退職に関する法令の規定にかかわらず、その申出の日以後五日に相当する日に公務員を辞したものとみなす旨の規定をなし、更に法第六十八条第一項第二号には、法第八十九条の規定により公職の候補者となることができない者の氏名を記載した投票は無効とする旨を規定しているところから見れば、地方公共団体の公務員は、原則として、その公務員たる職を辞する申出をした上でなければ公職選挙の候補者となることができないことは、寸疑を容れないところであるというべきである。
原告はその主張の(三)の(イ)において令第八十八条第五項の反面解釈から法第八十九条の規定により候補者となることができない公務員でも、公務員の職を辞しないで公職の候補者になることができるものと解すべきである、と主張しているけれども、令第八十八条第五項は、法第八十九条の規定によつて在職のまま公職の候補者になることができない公務員が、候補者となろうとする目的をもつて公務員たることを辞する旨の申出をした場合における立候補届出の手続を定めただけの規定にすぎないのであるから、かかる手続規定から、その基本の規定である法第八十九条の明文に反する原告主張のような反面解釈をする余地はないものといわなければならない。
次に原告主張の(三)の(ロ)の点について考えて見るに、原告は地方公共団体の議会の議員もしくは長の任期満了に因る選挙が行われる場合においては、当該議員もしくは長は在職のまま、自己の在職する議員もしくは長の候補者となることができるのであるから、この趣旨から見て、地方公共団体の議会の議員は在職のままその長の選挙に立候補できるものと解すべきであるとの趣旨の主張をしているが、公職選挙法は公務員の本来の職務の性質と選挙の公正確保の目的から、国又は地方公共団体の公務員について、原則として在職のまま公職の候補者となることを禁止したものであつて、ただ地方公共団体の議会の議員もしくは長が任期満了による総選挙において、在職のまま自己の在職する議員もしくは長の選挙に立候補することができることとした法第八十九条第二項の規定は、法第三十三条第一項において、地方公共団体の議会の議員の任期満了に因る一般選挙又は長の任期満了に因る選挙は、その任期が終る日の前三十日以内に行うことと定められているため、右任期満了による議員もしくは長の選挙の場合においては、その在職のまま立候補できる例外を認めなければ、任期の満了する議員もしくは長は、これが候補者となることができない不都合を生ずるので、これを避けるため設けた例外規定であるから、この例外規定から推して、原告主張のような、法第八十九条第一項の公務員が在職のまま公職の選挙に立候補することを禁止した原則の規定に反する解釈をなすわけにはゆかない。
また原告は、法第八十六条第四項及び第六項の場合の選挙においては、いずれも当該選挙の期日前三日までに候補者の届出または推薦の届出をすることができることが規定されており、この場合公務員である候補者が、選挙の期日ぎりぎりの三日前に立候補の届出または推薦の届出と同時に法第九十条にしたがつて候補者が退職の届出をしたとしても、同条によつて候補者が公務員を辞したものとみなされる前に選挙が行われることになる。しかるにこの場合について、法令も立候補を辞退したものともせず、また当選後の失格原因ともしていない。これによつてこれを見れば、法第八十九条、第九十条等の規定は大した意義のある規定でなく、単に公務員在職中の候補者は公務員たることを辞することを要しないが、退職の申出を特にした場合のことをわかりよくした趣旨の規定にすぎない、と主張するけれども、在職のまま立候補することを禁止されている地方公共団体の公務員が公職の候補者となるには、あらかじめ公務員の職を辞する申出をすれば足り、現実にこれにより退職の効果が発生した後であることを要しないことは、法第八十九条、第九十条、令第八十八条第五項の規定の解釈上疑いのないところであり、この場合法第九十条によれば、辞任の申出をした公務員はその申出の日から五日に相当する日に公務員を辞したものとみなされるため、法第八十六条第四項及び第六項の場合には、公務員がその職を辞する旨の申出をした上立候補をなし又は推薦の届出があつたとしても、選挙の期日には未だその候補者が公務員の職を辞したものとみなされない場合がおこり得ることは原告所論のとおりである。
しかし通常の場合、地方公共団体の公職の選挙に候補者となるには、選挙の期日前十日までにその届出をしなければならないから(法第八十六条第一項)、公務員の職を辞する旨の申出をした者が立候補する場合には、原告所論のような結果がおきる余地はないのであつて、所論の法第八十六条第四項及び第六項の場合は、当該選挙の立候補届出又は推薦届出の期間が経過した後に候補者が死亡し又は候補者たることを辞任したときの立候補であつて、まつたく例外の場合であるから、かかる例外の場合に原告所論のような公務員の職を辞任した効果が発生する前に選挙が行われることがおこり得ることから推して、公務員は一般に在職のまま公職の候補者になることができるものであると論結することはできない。
以上説示のとおりであるから、原告が地方公共団体の公務員である西岬村議会の議員の職を辞する申出をせず在職のまま同村長の選挙の候補者となつたことは、法第八十九条第一項の規定に違反し、その立候補は無効であるというの外なく、したがつてこれに基ずく原告の同村長の当選もまた無効であると、なさざるを得ない。
原告は、本件原告の当選は、地方自治法第百四十一条による兼職禁止の場合であり、原告は法第百三条の規定にいわゆる、「当選人で、法律に定めるところにより当該選挙にかかる長と兼ねることができない職に在る者」に該当する者にすぎないから、同条の規定にしたがつて、同村議会の議員の職を辞すれば足りるものであり、原告は適法に右議員の職を辞したから、原告の当選は有効である、と主張するけれども、法第百三条の規定は適法に公職選挙に当選した当選人で、当該選挙にかかる議員、長又は委員と兼ねることのできない職にある者の兼職制限の規定であつて、立候補の制限に関する法第八十九条とは何等の関係がない規定であるから、立候補制限の規定たる法第八十九条の規定に違反して立候補した者が当選後、法第百三条の規定にしたがつて当選した職と兼職できない職を辞したからといつて、何等当選の効力を左右することができないものというべきであるから、原告の右主張は理由がない。
しからば原告主張のような理由で原告の訴願を排斥した原裁決は相当であつて、これが取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべきものとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 管野次郎)